「新・水滸伝」 8月19日
2008.08.23 (Sat)
ル・テアトル銀座 14:00
これは、真っ向勝負の熱き物語でした。
仲間との熱き友情、敵の女との恋、濡れ衣を着せられた主人公、濡れ衣をきせた悪者、勧善懲悪の、なんと分かりやすい物語だこと。
水滸伝は、昔子供の頃、子供向けにした本を読んだっきりで、それも記憶の彼方に飛んでいってしまい、見る前は、お話わからなかったらどうしよう、なんて少し心配だったのですが、全然心配する必要はありませんでした。
舞台は二段構造になっていて、下と上を階段がつなげているというごくごくシンプルなもの。そこが、梁山泊になったり、湖のほとりになったり、牢屋になったりと、いろんな場にかわっていきます。役者さんたちの、その空間をつかった動きがとてもよいので、お話の展開も、どんどんスムーズに進んでいきます。
笑三郎さん、女だてらに勇ましく、見応えのある姫虎でした。
猿弥さんの王英。敵である笑也さんの青華に惚れて、彼女を思うあたたかい気持ちで、凍りついたような青華の心をだんだん溶かしていく。その王英に、猿弥さん、はまり役でした。
春猿さんのお夜叉。きっぷがよく、華やか。
とにかく、正攻法のまっとうなお芝居。先日みた松尾スズキさんの「女教師は二度抱かれた」 とは、対極に位置する作品。このひと月の間に、あまりにもタイプの両極端な2つの作品をみてしまったものだ、お芝居というものは、作り手によって、こうまで違いのでるものなのだな〜、としみじみしました。
劇場では、プログラムの販売に加え、役者さんのサイン入りのうちわやら色紙やらを販売していました。役者さんと、終演後にツーショットをどうぞ、という企画もあり、これは、先着20名までで、お値段は1,000円。ちなみに、私の行った日は、笑也さんとでした。
上演時間は、2時間に少し足りないくらい。休憩無し。
八月納涼大歌舞伎 第一部 8月17日
2008.08.21 (Thu)
第一部
一、女暫 (おんなしばらく)
これはもう、ぞろぞろと、いろいろな役者さんが顔をみせてくれるのが嬉しい。彌十郎さんの範頼、彌十郎さんだとわからないくらいの藍隈のお化粧がすごいな〜。
亀蔵さんを初めとした腹出し達のあの立派なお腹の上にのっかってるおへその位置って、役者さんそれぞれに、微妙にずれるのだな〜。変なところが気になってしまった。
勘太郎さんの震斎に、七之助さんの女鯰が並んでいる姿は、凛々しい。勘三郎さんも、ほんとに立派な男の子に恵まれたものだなぁと思ってしまった。勘太郎さんの震斎は、年季のはいった中年おやじみたいに軽妙に軽薄に愉快に演じていて、なかなかよいものだった。それから、七之助さんの女鯰、お声が綺麗に響いて美しい。
そして、福助さんの、巴御前。この「女暫」、私が初めて見たのは、昨年、團菊祭に、萬次郎さんが演じたもの。これは、萬次郎さん独特のよく響く声音も美しく、素晴らしいものだった。福助さんの、お声もよく伸びて、鳥屋から「暫く」と響いてきた時には、ワクワクしたのですが、全体的には、破天荒な大きさを感じるというよりも、よく整っている印象がありました。
手塚太郎は、三津五郎さん。きゃ〜、かわいく凛々しい若衆でございました。
幕が引かれ、出てきました、出てきました。勘三郎さんの舞台番。北京オリンピック見ないでよくきてくれました、みたいなことを言いながら、観客をいじります。日本は駄目だった、ルーマニアが勝った(これは、女子マラソンの結果でした)、暫はやったことないよ、そんなのは青葉台の目の大きいお兄さんにやってもらわなきゃ、な〜んて、もう大うけでした。
二、三人連獅子(さんにんれんじし)
蝶と戯れる国生の子獅子が無邪気。谷底におとされてからは、なかなか這い上がってこない。心配する母獅子の扇雀さん。そりゃ心配だ、当たり前。そこに、国生、花道から勢いよく戻ってくるのです。
毛振り、橋之助さんのは綺麗にうねっていました。国生も勢いがある。力はあるのですね。前半の動きにも、滑らかさがでるとよいな。
三、眠駱駝物語 らくだ
なんだなんだ、このおもしろさは!?!亀蔵さん、死体のお役だよ〜。死体て青いのかと思ったら、緑ときたよ、蛙色だよ〜。このぶきみわるさは、ず〜っと忘れられないと思う。ひゃ〜っ、なんか後ろから、冷たいものがピタッとくっついてきた気がする。ゾワゾワ〜〜〜。
紙屑買の久六の勘三郎さん、半次の三津五郎さんとのやりとりも、勘三郎さんにしか出せない力の抜けたおかしみに溢れ、こちらも大笑いの連続。死んだ馬太郎のぼろ家にいったいどんな金目になりそうなもの(・・・ほとんどならないのだけれど)があるかちゃ〜んと把握していて、それを並べたてる口説のなめらかなこと。
普通は「ふぐにあたる」という言い方も、ここでは、「ふぐもあたったもんだねぇ〜。」 なんて、ふぐが主語になっちゃてる台詞もおもしろい。
彌十郎さんの大家女房が、死人のかんかんのうに腰抜かして、三和土の勘三郎さんの上にころげ落ちてしまうところあたりなんて、勘三郎さんも、もう楽しそうに演じているのがよくみえます。
家主夫婦から、酒に煮しめを巻き上げることに成功し、再び、久六が遺体をかついで帰るのはよいけれども、その死体もずるずるおちて、しまいには引きずって行く始末。
勘三郎さんと三津五郎さん、せしめた酒で酒盛りを始めちゃいます。普段は銭が無いから舐めるだけ、という久六。そのうち、すごい勢いで飲み始め、いつしか、半次との立場が逆転してしまい、腕まくりをする真似をして、逆に半次を脅かすくらいにまで酔ってしまう様子もおもしろかった。踊らされていた死体、いつの間にか一人で支えなしに動いてるかと思えば、くずれ落ちてしっかり酒飲んでます。
松也の半次妹おやすも、はきはきした娘で、なかなかよかった。
もう無茶苦茶おもしろくて、大笑いできた一編でした。
「女教師は二度抱かれた」 続き
2008.08.18 (Mon)
大竹しのぶさん、幕開きから、なまってるパートのおばさんで出てきて、いっぺんに、舞台にひきつけられちゃいました。そのあとは、女教師・山岸諒子、そして、女優・山岸諒子として、変幻自在の大活躍。
市川染五郎さんの演出家、天久六郎。あくの強い登場人物の多い中、染五郎さんは、どこか真面目な目つきで、飄々と、淡々と演じているので、どこか物足りないような気もしていたのですが、逆に、それが、天久という役だったのだな、と今では思える。力を入れずに、すこ〜し情けないような感じまでして、新しい染五郎さんの魅力を見た思い。
阿部サダヲさんの歌舞伎役者滝川栗乃介。このテンションはすごい。発泡酒の宣伝のための、鬘も麦麦した扮装もすごい。こりゃかゆくなるのも当たり前だ。こちらは3つのときからプロ、四百年の伝統しょってるんだ、という台詞が迫力あった〜。
市川美和子さんの白石泉。劇団運営のためにドライになり、一方私生活では、年下の彼のDVにあいながらもそれを愛情ととっている。彼女の長く美しい手足が、その設定にリアルさをもたらしていました。
池津祥子さんの、江川昭子のエステの資金稼ぎのための例のバイトのおかげで身体が臭くなっちゃってる、というのも、なんかうそ臭いんだけれど、妙にリアル感があるのはすごい。
平岩紙さんの風俗嬢杏。か、かわゆい。癒されたい、と思うのは、天久だけではありません。彼女には、なんでも話したくなってしまう。ところが・・・、という構造が待っているのも仰天した。ひゃ〜世の中こわいよ。ちなみに、風俗のお店の中、てこんななんだ〜、と観察してしまった。と〜ぜん行ったこと無いですから。
で、浅野和之さんの鉱物圭一はすごいです。とにかくすごい。ただの田舎の成金かと思っていたら、諒子の面倒をずっとみてるのだもの。それを告白したところは泣けたっ。
高校時代の天久と、女教師諒子の間に起こった出来事が、長い年月をかけて、諒子の精神を変容させてゆき、鉱物をも巻き込んで、あのおかしくも悲しいラストになだれこんでいく、その過程に、松尾さんのお遊びがふんだんに盛り込まれていて、これはもうみなきゃ損、てお芝居にしあがっていました。
私は、歌舞伎以外の芝居は、歌舞伎役者さんが出ているものしかみないのですが、松尾さんのは、出てても出て無くてもよいよ、また是非みたいです。
「女教師は二度抱かれた」 8月16日 14:00
2008.08.17 (Sun)
松尾スズキさんのお芝居初体験。
染五郎さんをみようと思って行ったのですが、もう無茶苦茶面白い芝居だった。
松尾さんのセンス、てすごい。一つ間違えると、リアリティが無くなり、うそくさくなってしまうような芝居運びだと思うのだけれども、それが紙一重のところで、めくるめくリアルな世界が広がっていました。
染五郎さんのトランクス姿がみられたのも、・:*:・(o´д`o)・:*:・でした〜。
八月納涼大歌舞伎 第三部 「愛陀姫」 続き 「紅葉狩」
2008.08.16 (Sat)
勘三郎さん、愛する男に自分の方を向いてもらえず苦悩する濃姫を、顔色も悪く、陰鬱な顔で、好演なさっていました。
七之助さん、愛陀姫を、儚げに美しく演じる。橋之助さんの木村駄目助左衛門、凱旋の場で乗って帰ってきた透明で巨大な象さんの乗り物がすごっ。芝のぶさんの巫女がおもしろい。こんな意地悪な役もおやりになるのね。
蛇腹で伸び縮みする舞台装置で素早く転換する様子もおもしろい。
最終場では、舞台が二重構造となり、上段では、美濃に嫁ぐ(とにかく陰鬱な)濃姫、下段では、墳墓に生き埋めにされ、二人で死にゆく駄目助左衛門と、愛陀。この設定は素晴らしいと思うのだけれど、ここまでのお話のもっていきかたがあんまりだったので、今ひとつ盛り上がる感動的な最後にならなかったのは、とても残念。
「紅葉狩」は、どうしても、海老蔵のが頭に浮かび上がってきちゃって・・・。
その時の尾上右近の山神もよかったけれども、今回の巳之助(18歳)のも若さ溢れていてとてもよかった。
筋書のインタビューでは、「山神を歌舞伎座で勤めさせていただけるなんて、驚いた。」と話し、「死ぬ気でやるしかありません。」と語る巳之助。花道の引っ込みは、両足ともに綺麗に床から浮いている瞬間が見えるほどに、勢いがあり、美しいものでした。
鶴松(13歳だ!)の侍女野菊もはんなりとした美しさ。声が聞けないお役なのは残念。
勘太郎さんは、綺麗につくっても、勘太郎さんだったな〜。扇を使っての踊りは、たいへんなんだろうな〜。でも、綺麗にまとめてらっしゃいました。
更科姫の鬼女と、維茂の立ち廻りでは薄暗かった舞台が、カッ、と明るくなる幕切れは、ほんとに鮮やか。歌舞伎の醍醐味。
八月納涼大歌舞伎 第三部 「愛陀姫」 8月14日
2008.08.16 (Sat)
「愛陀姫」。これはいったいなんだったのだろう。筋はほぼアイーダどおり。音楽もアイーダから。だけれど、この中途半端さは一体・・・。
そもそも音が悪すぎるのですね。録音なのか、正直、この音質は辛い。そのためか、編曲もお粗末にきこえ、正直、こうまでしてヴェルディのアイーダの音楽にこだわらなくってもよかったのでは、とも思えてくる。しかも最後の場面でつかわれるのは、ヴェルディではなく、マーラーの交響曲第5番第4楽章のアダージェット(ヴィスコンティの「ベニスに死す」に使われ、有名になったやつ)。「アイーダ」なのに、なぜゆえここで唐突にマーラーを持ってくるの????
アイーダも、アダージェットも、数あるクラシックの曲の中でも、一際人気のある、オーケストラの響きの美しいもの。その曲をあえて使おうとするのなら、演奏者の顔をみせて、賑やかにかき鳴らすぐらいのことはしてほしかったな〜。確か、幕間のイヤホンガイドの、七之助さんの花道会でのトークで、演奏家の皆さんのスケジュールが一致しないので録音になった、とのお話しもあった気がする。でも、音楽も売りにするなら、せめて、ラッパ手だけでも生でお願い、と言いたい。
「アイーダ」を換骨奪胎したもの、という眼でみなければ、それなりには面白いものだったかも。なかでも、福助さんの祈祷師細毛は傑作。福助さんは、身体一杯つかって、ハチャメチャに面白く動いてくれるものだから、見応えあります。お声も蓮っ葉で素敵。扇雀の祈祷師荏原と組んで、初めはいんちきくさかったのが、終盤には、道三に、濃姫の願いよりも、細毛たちのお告げの方を受け入れさせるくらい、力を持っちゃってる。
その前に、一度は道三のもとからいんちきがばれる前に逃げ出そうという荏原に、「大方の人間の望みが同じだとわかるようになった、それ故、人々の望みどおりのことを言えばよいのだ。」なんて、うそぶいちゃってるところぐらいが、私的にはクライマックスだったかな〜。
そもそも、“木村駄目助左衛門” なんておかしげな名前をつかって、結局、シリアスに「アイーダ」やっちゃったものだから、シリアスなのか、コメディなのか、どっちによればよいのですか???と、みてる方も中途半端な心持になってきちゃうのです。野田さんがお得意だという、言葉遊びも(木村駄目助左衛門の名の中に、“らだめす”が入っている、など)も、芝居になると、ちょっと寒くって、笑えない。
なんて、すみません、好きなことを書き散らしてしまいました。
だ、だけど、昨日買った戯曲集で、「愛陀姫」、読んでみると、意外に胸を打たれるのです。字だけなら。木村駄目助左衛門が捕まり、嘆く濃姫、織田へ嫁がされることになり、呪いの言葉を吐く濃姫(嫁ぐのははオペラとは違うんだけれど)、地下の墳墓で、死にゆく愛陀姫と木村駄目助左衛門。そんな場面の台詞は美しい。「アイーダ」のお話そのものは、やはり素晴らしいものなのです。
日生劇場 親子で楽しむ歌舞伎
2008.07.30 (Wed)
7月27日(日)15:00
伊達娘恋緋鹿子
一、櫓のお七
八百屋娘 お七 尾上 右近
下女 坂東 玉之助
右近のお七はあでやかでした。 目元の美しさに、憂いを帯びた表情が、心に残ります。人形ぶりは、ややまだ硬いものがみえもしますが、(人形だからそうだけど・・・)梯子を上ろうとして、どうと倒れ落ちるところなんて、勢いがあります。
雪の舞い降りる中、燃えるような緋色の袖を振り乱し、柱を巻き、太鼓をたたくさまの美しいこと。目元に仄かに香る色気が漂い、笑顔を見せずとも、美しい佇まいで、幕が引かれても、しばらくは、圧倒されてしまいました。美しかった〜。16歳。見事。
二、歌舞伎のたのしみ
解説は、壱太郎、声もよく、間合いの取り方もよく、語尾まではっきりと語り、広い客席一杯まで届く大きさをもっていました。差し金の鷹、蛙、蝶が出てきたり、太鼓で雪の音、風の音を打ち分けたり、雨、海の波、風の音を出す道具を実際にみせてくれたりと、小さい子供たちは、喜んで見ていた様子。
また、壱太郎さん指導で、観客、見得を切る練習。「合点だ〜」、と言いながら、首をまわし、さっと顔を正面に切るのですが、これがなかなか面白い。なるほど、見得、てこうやって切るのね、という爽快感があります。
最後は、花道を六法で引っ込んでいった壱太郎さんは、17歳。まるで、彼のワンマンショーのように、観客を惹きつける、とてもみごたえのあるのものでした。
三、馬盗人
ならず者 悪太 坂東 三津五郎
同 すね三 坂東 秀調
馬 坂東 大和
同 坂東 八大
百姓 六兵衛 中村 翫雀
翫雀さん、まぁなんて人のよさそうなお百姓さんだこと。
三津五郎さんは、目の周り、口の周りと、ぐるりと黒く囲んだ化粧で、元の顔がわからないくらいです。
先の解説で、壱太郎さんから、人間じゃない動物が見得をきる唯一の作品と教えてもらいましたが、その馬が花道七三で見得を切るのですよ。馬が。見事見事。馬が切っても見得は見得。みごたえある〜。 それでもって、飛び六方で引っ込む。二人三脚じゃあないけれど、中に入っているお二人の息を合わさなければ、こうも見事に六方決まらないでしょう。おおいにおもしろかった〜。





