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中村歌江丈 「六世 中村歌右衛門を語る」 その2

2008.03.23 (Sun)

引き続き、歌江丈の語り。

歌江丈は、手が長いため、引き抜きで、糸を抜くのに丁度良い。

「関八州繋馬」では、如月姫、小蝶蜘の精、土蜘蛛の精と変化していく中、引き抜いて、頭さばいて、蜘蛛の糸持たせて、と後見はとても忙しい。
「壇浦兜軍記」では、珍しい立ち役姿での後見。
「金閣寺」の雪姫では、桜の木の陰で、雪姫を縛る縄の仕掛けを操っている。
「先代荻」では、腰元の拵えで御簾内に入り、ご飯の炊ける音を出す。

俳優祭で、他の俳優さんは昼の部と夜の部と入れ替わる中、自分はどちらの部でも青江三奈の伊勢佐木町ブルースを25分に渡って務めたことがある。

後見の心得は、出演者の気持ちになること。

質問コーナーでは、声色のリクエストがかかり、山寺の和尚さんを、先代仁左衛門や、先代水谷八重子などで演じてくださって、会場大うけでした。

演劇博物館

演劇博物館(写真上)では、まだオープンする前の「六世 中村歌右衛門展ー父から受けついだ役々ー」をこの日に限り、見ることができました。


演劇博物館 2

「芦屋道満大内鑑」で、葛の葉が障子に書いた和歌を、屏風に仕立てたものが、飾られていました。五世歌右衛門と、六世歌右衛門のものと両方ありましたが、どちらも見事な筆跡でした。


早稲田大学の構内には、歌右衛門邸の庭にあった桜の木(歌右衛門桜と呼ばれているそうです。)が移植されています。14号館と16号館の間にあるらしいのですが、工事のための囲いで残念ながら見ることはできませんでした。里桜で、とても美しい花を咲かせるそうです。

歌江丈は、脚を痛めておられるということで、お話なさっている間、高めに調節したピアノ椅子に腰掛けられていました。講座の後は、歌舞伎座の夜の舞台にいらっしゃるというお忙しい中、貴重なお話をいただいて、ありがとうございました。


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中村歌江丈 「六世 中村歌右衛門を語る」 その1

2008.03.23 (Sun)

3月21日(金)13:00〜14:30 早稲田大学小野梓記念講堂にて

湯島の酒屋さんにお生まれになった歌江丈は、たくさんいらしたご兄弟が戦地に赴かれたため、家業を継ごうとしていたところ、そのご兄弟が続々と復員されてきたこともあり、昭和26年、19歳の時に、歌右衛門丈のところに入門なさったそうです。(常盤津のお師匠のところからもお話があったそうですが、こちらは蹴られたらしい。)歌右衛門丈がお亡くなりになられた2001年まで、50年に渡ってお仕えされました。初めの1年は通い。その次の6年は内弟子。実家に帰りたい時には帰ってよいんだよ、と言われながらも、いざ、帰ると、すぐに戻ってきなさい、なんて連絡があったりして、結局、おうちには、ほとんど戻られなかったそうです。歌右衛門丈は、二世鴈治郎丈とは、徹夜マージャンなどなさり、田之助さんに、「あたしゃ三日三晩寝ずとも道成寺踊ったことあるんだよ。」なんておっしゃっていたそうです。

昭和31年5月の大阪では、「京鹿子娘道成寺」の花子、「井伊大老」のお静の方、「伽羅先代萩」の政岡、「蜘蛛の拍子舞」の蜘蛛の精、「籠釣瓶花街酔醒」の八ツ橋、「金閣寺」の雪姫の六役を1日でなさったこともあり、この時は、食事をとる暇もままならず、お握りをつまんだりなさっていたそうです。

歌江さん秘蔵の写真の公開もありました。
ソビエト公演の折の写真 (昭和36年、横浜から船で4日4晩かけて行った。2日目のナホトカからは、北海道が見えた。)
ハワイでの紋付袴姿の上から、歓迎のレイをかけた写真。(飛行機の中で、紋付に着替える。)
名古屋のよくばり芸者の写真(”高い山から”を踊ると言うシチュエーションの足首の見えたおどけた格好のもの)。

煙草がお好きだったようで、最後に中座に出られた時には、出の前に、ここで煙草を吸えればなぁ、と・・・。(ドクターストップがかかっていました。)

自主的勉強会「莟会」では、ご自分で台本を持って、出演を頼みに行かれました。

亡くなられた日は、雪が降る中桜が咲いているという不思議な日だったそうです。

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歌右衛門丈のこと

2008.03.22 (Sat)

歌右衛門 筋書 2 
「六世歌右衛門展」が、3月25日(火)〜4月27日(日)まで、早稲田大学演劇博物館で開催されます。( この展覧会のことは、真ん中な日々のまこさんに教えていただきました。)

私が只一度歌右衛門丈を拝見したのは、昭和63年4月の大阪新歌舞伎座での「沓手鳥孤城落月(ほととぎすこじょうのらくげつ)」。(写真はその当時の筋書) もう20年の時が過ぎているので、細部までは思い起こせないのですが、歌右衛門丈の淀の方の凄みには、とても胸をうたれ、大きな感動が湧き起こったのを覚えています。 その後、私も宿替えなどの環境の変化があり、観劇どころではなくなってしまい、残念ながら、お芝居とのかかわりは、なにとはなく目を通す新聞の劇評くらいになってしまいました。

歌右衛門
歌右衛門丈が健康を崩されているのも新聞に目を通す中知り、もう一度、舞台でのお姿を拝見したいなぁと思いながら、それも叶わず、とうとうお亡くなりになられた時には、とても悲しかったのを覚えています。

展覧会に先立ち開かれた関連講座、「中村 歌江丈 六世 中村歌右衛門を語る」に行ってきたので、次には、そのことについて書こうと思います。



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