新春浅草歌舞伎 第2部 15:30 1月3日
2009.01.08 (Thu)
一、一本刀土俵入(いっぽんがたなどひょういり)
これみるのはまだ二度目。一度目は、昨年の新橋演舞場五月大歌舞伎で、吉右衛門さんの駒形茂兵衛に芝雀さんのお蔦で。このお二人の風情に、出会いと再会のシチュエーションがとても印象深く、大好きになった作品の一つ。勘太郎さんと亀治郎さんがどう演じてくれるのか楽しみにしていました。
勘太郎さんの茂兵衛、ぬ〜ぼ〜とした人のよさが表れていました。親方に見切りをつけられた(リストラ??)実際の茂平にも年齢近いのではないかと思われるので、お腹をすかせた情けない姿がよりリアルに感じられます。
亀治郎さんのお蔦は投げやりな姿。安孫子屋の酌婦として働き、きっと年齢もまだそんなにいっていないであろうに、辛い経験の数々を積み、人生に対して先の見えない虚無感を抱いているようにみえます。
亀治郎さん、年末にゲストとして登場したラジオ番組「歌舞伎座の快人」や、プログラムで語られるには、お蔦はけっして情のある女ではなく、茂兵衛にお金櫛笄をあげたのも、酔った勢いから。だから後に再会しても茂兵衛のことをなかなか思い出すことができない。
茂兵衛の相手をしたのも、代わり映えのしない毎日の、ちょっとした肴という趣向だったのでしょうか。小原節をよい節回しの声で唄う亀治郎さんからは、荒涼とした淋しさもうかがえます。
その茂兵衛が、お蔦のことを恩義に思い、渡世人として、彼女を助けることになる、という物語運びは、わかっていても、夢中になってみてしまう。序幕では、花道揚幕近くにまで来ても何度もお蔦にお礼を言う茂兵衛の姿が、大詰めでは、同じ場所でお蔦が舞台上の茂兵衛に何度も頭を下げる、と立場が逆転。人生の流転を感じさせました。
勘太郎さん茂兵衛が、弥八たちとやりあう利根の渡しで食べていたのは、おいも(さつまいも)でした。お芝居しながら食べにくいことはなかったのかしらん・・・・・またこれからも、年齢を重ねていくなりの勘太郎さんの茂兵衛をみせてもらいたいです。
老船頭、清大工は、前に見たときと同じ由次郎さんに、桂三さん。のんびりのどかな味があります。若船頭の宗之助さん、目がつぶらで、睫毛も長い〜!!
波一里儀十の男女蔵さん、重々しい親分でした。
浅草歌舞伎初登場の松也さんの船印彫師辰三郎。なかなかよかったです。ご自身がプログラムで語るところの“だめんず”ぶりが堂に入っていました。いかさま博打なんかに手を出してしまうどうしようもない奴。だけど、お蔦たちのことは大事に思っている(そうなら、もっと早く帰ってやれよ、と突っ込みたくもなるが)、そんなだめだめぶりを、若さで匂いたつように演じていました。
弥八の山左衛門さん、野卑で乱暴な男の特徴がよく表れていて、とてもよかった。
お蔦の娘お君、声がよく通り、けなげな様子が光る。
二、京鹿子娘道成寺(きょうかのこむすめどうじょうじ)
おもしろかった〜。
七之助さんの動きよく、その動きに合わせて振袖の長い袂が大きく空を舞う様子にも勢いがあり、見応えがありました。
金の烏帽子の花子が乱拍子に花道七三より鐘を見上げる姿、このあたりの静謐な時間が流れるような情景から、手踊りでは様子がほんとにがらりとかわるのもおもしろい。
鞠歌では膝を折っての若々しい敏捷さがかわいらしいし、 振り出し笠も、あっさりときれいにきまる。
恋の手習いでは、帯を両手にし反る姿の美しいこと。 また手にする手拭いが生き物のように、ひらひらとからみつく様子にも目を見張りました。新体操のリボンとかといっしょにしてはいけないのだろうけれども、こういう布ものの扱いは、きっと簡単なようにみえても、美しく見せるのはむずかしいのだろうな。
鞨鼓は華やかで動き大きく、その生き生きとした表情のまま今度は鈴太鼓を持ち、そこからするりと蛇の脱皮するように引き抜かれたその衣裳は、白地に墨染めの枝垂桜。あぁなんて美しいこと。
蛇体の本性の表れいでたる顔つきも真にせまり、 鐘の上に駆け上がり周囲を睥睨する姿は、私には公会堂を圧するような勢いに思えました。
所化さんたちの手拭い捲きは、後方に座っていたので、全く手も出ず。亀治郎さんに松也さんも所化だったので、ひょっとして松也さんが投げてくれるのなら届くかも・・・なんて思ってたのですが、やっぱり残念ながらここでのお二人の登場はなしだったのでした〜。
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